人が死んだ時、次に目を覚ましたら…という哲学的な話

これはかつてヨーロッパで活躍して思想家ルソーの言葉で「人間は二度生まれる」という言葉があります。


簡単に言えば、一度目は人間の『個体』として、二度目は人間の『自我』として生まれるのです。


二度目の時をわかりやすくいうと『物心』ってわけです。


よく赤ちゃんの時の記憶がないというのはそのためです。


早い人で3歳ぐらいのことを覚えている人もいますが、遅い人は小学校1年生になってようやく自分の記憶を確保する、つまり物心がつくのです。


端的に言えば自分が何をしたのかを覚えている、それこそが物心なのです。


今回私が提唱するものはそれとは違います。


確実に確認出来るものではないですが、『人間は死んだらその後は次にすぐ目覚めている』
というものです。


例えば人間に生まれ変わることを前提とすれば、日本人の佐藤太郎という名前の人間が天寿を全うして亡くなり、時を越えて新たな人間に生まれ変わりアメリカ人のマイケルとして物心がつき『目覚めた』時の状況を指します。


佐藤太郎の時代の記憶はもうないですが、彼の視点で考えた場合、死んでからマイケルとして自我が覚醒するまでの間は前世の記憶がない分だいぶ短いものと考えるのが筋でしょう。


分かりやすく言えば、死んで目が閉じて、再び新しい個体として生まれ、目は開いているけど、自分を認識するまでに何歳か歳をとり、物心がついたとき新たな景色が広がっているという自覚を持つことです。


もちろん仮定の話だが、人間で生まれた人は新たな人間に転生した時が今の話です。